反変・共変ベクトルの変換則〜双対空間から理解する

POINT

  • 双対空間は「相対論の共変ベクトル」や「量子力学のブラベクトル」として特に説明なく導入されている.
  • 双対空間を学べば,共変ベクトルの変換則が自然に導かれる.

ある線形空間 (ベクトル空間) に対し定義される「双対空間」は,物理の様々な場面で (特に明示されることなく) 使われています.例えば,「共変ベクトル」とは双対空間の元のことです.そして,その変換則は「双対基底の変換則」に由来します.つまり,双対空間を学べば,共変ベクトルの変換則は天下りではなく,ちゃんと理由がつくことになります.また,量子力学においては,双対空間を「ブラベクトル」から成る空間として無意識に用いているのです.

双対空間の定義を学び,これらの事項を統一的に理解しましょう!
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双対空間の定義

$V$を体$K$上の線形空間とします(例えば,実線形空間なら$K=\mathbb{R}$, 複素線形空間なら$K=\mathbb{C}$ということです).

このとき,$V$の双対空間$V^*$は以下で定義されます:

双対空間の定義
\begin{aligned}
V^*:=\left\{f:V\rightarrow K\,|\,f\text{は線形写像} \right\}
\end{aligned}

線形空間$V$から$W$への線形写像全体を$\mathrm{Hom}(V,W)$で表す記法もあります.
この表現を用いると,$V^*=\mathrm{Hom}(V,K)$と表すことができます.

双対空間の例

以下で紹介する双対空間の例を見れば,普段から意識せずに使っていることに気づくと思います.

1. 横(行)ベクトルと縦(列)ベクトル

3次元の実(縦)ベクトル空間を$V$としましょう:
\begin{aligned}
V=\left\{ \,
\left.
\begin{pmatrix}
x\\
y\\
z
\end{pmatrix}\,\right |\,
x,y,z\in\mathbb{R}
\,\right\}
\end{aligned}

ここで,3次元の実(横)ベクトル空間$W=\left\{\,(a,b,c)\,|\,a,b,c\in\mathbb{R} \,\right\}$を考えます.
このとき,「$W$の元を左からかける写像」は$V$から$\mathbb{R}$への線形写像となります.

実は,これらの写像をすべて集めると$V^*$となることが示されます.
(これは,$K^n$から$K^m$への線形写像全体が,$K$の元を成分に持つ$m\times n$行列全体で表されることから従います.証明については,例えば参考文献で紹介している「線形代数の世界」の命題2.2.1を参照して下さい.)

2. 【量子力学】ブラベクトルとケットベクトル

ヒルベルト空間は,線形空間$V$に幾つかの条件をつけて定義されます.
従って,量子力学もある意味では線形代数の範疇なわけです.

例えば,2次元複素ベクトル空間$\mathbb{C}^2$はヒルベルト空間の一例です.
Pauli行列を考えるときに良く扱いますね.

ケットベクトル全体を$V=\left\{\,|x\rangle \,\right\}$で定義しましょう.
このとき,ブラベクトルを左から作用させる写像全体が$V^*$となります.
これは,リースの表現定理 (例えば,参考文献「ヒルベルト空間と線形作用素」定理1.2.16) から従います.

1つ目の例と比較すると分かり易いでしょう.

3. 反変ベクトルと共変ベクトル

線形空間$V$の元を反変ベクトル,$V$の双対空間$V^*$の元を共変ベクトルと呼びます.
この記事の後半で見るように,名前は座標変換の表式に由来します.

テンソルの座標変換

$V$を体$K$上の$n$次元線形空間,$V^*$を$V$の双対空間とします.また,$V$の基底を$e_1,...,e_n$で表します.

双対基底の定義

共変テンソルを理解するためには,まず双対基底について知る必要があります.
\begin{aligned}
f^i(e_j)
=\delta^i_{j}
=
\begin{cases}
\,1&(i=j)\\
\,0&(i\neq j)
\end{cases}
\end{aligned}
を満たす$f^1,...,f^n\in V^*$が唯一組存在し,$V^*$の基底となることが示されます($\delta^i_j$はKroneckerのデルタ).

これら$f^1,...,f^n\in V^*$を$e_1,...,e_n$の双対基底と呼びます.

双対基底の座標変換

$V$の基底$e_i$を
\begin{aligned}
e^\prime_i=\sum_{j=1}^n \alpha^j_{\; i}e_j
\tag{1}
% \label{eq:coordinate_tr}
\end{aligned}
で変換する場合を考えましょう.以下では,$\displaystyle\sum_{j=1}^n$は省略し,$e^\prime_i=\alpha^j_{\; i}e_j$と表します(Einsteinの規約).

このとき,$\{e^\prime_i\}$の双対基底$\{f^{\prime i}\}$がどのような変換則に従うかを調べましょう.
そのためには,$f^{\prime i}=\beta^i_{\; j} \,f^j$と表したときのの係数$\beta^i_{\; j}$ (つまり,「変換後の基底」を「変換前の基底」で展開した時の係数) を求めれば良いことになります.

実際に計算をすると,

\begin{aligned}
\delta^i_j
=f^{\prime i}(e^\prime_j)
=\left(\beta^{i}_{\; k}\,f^k \right) \left( \alpha^l_{\; j}e_l\right)
=\beta^{i}_{\; k}\alpha^k_{\; j}
\end{aligned}
から『行列$(\beta^i_{\; j})$は「$(\alpha^i_{\; j})$の逆行列」となる』ことがわかります.

以上から,

双対基底の変換則
\begin{aligned}
f^{\prime i}=\beta^i_{\; j}f^j
\end{aligned}
(但し,行列$(\beta^i_{\; j})$は$(\alpha^i_{\; j})$の逆行列)

それでは,式(1)の座標変換に対し,反変ベクトル・共変ベクトルのそれぞれがどのように変換するのか調べてみましょう.

反変ベクトルの座標変換

反変ベクトル$x\in V$は,基底$e_1,...,e_n$を用いて
\begin{aligned}
x=v^i e_i
\end{aligned}
と表すことができます.

式(1)の変換を行うとき,$(\alpha^i_{\; j})$の逆行列$(\beta^i_{\; j})$を用いて

\begin{aligned}
x=v^i e_i=\beta^j_{\; i}v^i e_j^\prime
\end{aligned}
となることがわかります.

物理では,この変換を『基底を除いた「成分」』に着目して以下のように表します.

反変ベクトル (の成分) の変換則
\begin{aligned}
v^{\prime i}=\beta^i_{\; j}v^j
\end{aligned}

このように,$V$の基底$\{e_i\}$の変換の逆変換となることから,「反変」という名前がついます.

共変ベクトルの座標変換

共変ベクトル$\varphi\in V^*$は,$e_1,...,e_n$の双対基底$f^1,...,f^n\in V^*$を用いて
\begin{aligned}
\varphi=u_i f^i
\end{aligned}
と表すことができます.

式(1)の変換を行うとき,双対基底が

\begin{aligned}
f^i=\alpha^i_{\; j} f^{\prime j}
\end{aligned}
と変換することを調べました.これを用いると,共変ベクトルの変換則が導けます:
\begin{aligned}
\varphi=u_i f^i=\alpha^i_{\; j} u_i f^{\prime j}.
\end{aligned}


以上より,

共変ベクトル (の成分) の変換則
\begin{aligned}
u_i^\prime=\alpha^j_{\; i} u_j
\end{aligned}

このように,$V$の基底$\{e_i\}$と変換則が同じことから,「共変」という名前がついます.

一般のテンソルの座標変換

以上の結果を用いれば,一般のテンソルの座標変換を理解することができます.詳しくは次の記事を見て下さい.
www.mynote-jp.com

参考文献